迷うことについて pdfダウンロード
迷うことについて
によって レベッカ ソルニット
迷うことについて pdfダウンロード - 迷うことについてをお探しですか? この本は著者が書いたものです。 この本には236ページページあります。 迷うことについては左右社 (2019/4/24)によって公開されています。 この本は2019/4/24に発行されます。 迷うことについては簡単な手順でオンラインで読むことができます。 しかし、それをコンピュータに保存したい場合は、今すぐ迷うことについてをダウンロードできます。
迷うことについての詳細
本のタイトル : 迷うことについて
作者 : レベッカ ソルニット
ISBN-10 : 4865282343
発売日 : 2019/4/24
カテゴリ : 本
ファイル名 : 迷うことについて.pdf
以下は 迷うことについて の最も正直なレビューです。 この本を読んだり購入したりする場合は、これを検討してください。
どこまでも青い海に向かって、迷うことについて思索した書です。砂漠で迷子になったとき、著者の描いた地図(この本)だけを持って、本質と内省への旅路をたどっていく思考実験のような書です。人生という「未詳の土地」をめぐる旅路で迷ったとき、「いたずらに事実や合理を追い求めないで、不確実な状況や謎や疑いのうちにとどまっている能力」(011頁)(消極的能力)を持った過去の人間たちが成し遂げた偉大な達成、とりわけ文芸の偉業を書き記した本を読む。そのことが「ひとつの指針になりうるはずだ」(034頁)と言っているように思いました。迷子の経験は、あなたの道をふたたびみつけるための、あるいはあなたの新たな別の道をみつけだすための出発です。迷子からの出発!この本は、エッセイ集です。半分くらいは、著者自身の人生での出来事や活動を書いていますので、一種の自伝といっていいかもしれません。この本のオビには、「ここから先は、わたし自身が描いたいくつかの地図だ」という言葉。なるほどこの本は、「精神の」野山や荒野を歩くときには一種のガイドブックになるかも。原題は「A Field Guide to Getting Lost」「原題を言葉どおりに日本語にすれば『迷子になるためのフィールドガイド』という感じになる」(229頁、「訳者あとがき」より)「迷子になるための」?ガイドブックだって?迷子にならないためのガイドブックなら分かりますよ。でも、そうではないようです。読み終わってみると、著者は、この本を読む読者に、「精神の」野山で迷子になってみるのもなかなか悪くない経験だよ、と、迷子になることをむしろ勧めているようにも感じました。迷い、迷うことについて考えることをすすめている本のようです。「迷子の経験は、道をふたたびみつけるための、あるいは別の道をみつけだすための出発のように思える」(019頁)「まったく迷わないのは生きているとはいえないし、迷い方を知らないでいるといつか身を亡ぼす」(021頁)「ソクラテスはいう」(033頁)で始まる言葉が本のオビにあり、哲学の書物を思わせます。しかし、オビには、「ソクラテス、ダ・ヴィンチ、ウルフ、ベンヤミン、ヒッチコックらと〈未詳の土地〉を旅する思索の書」との紹介もあります。哲学者だけではなく、科学者、文学者、「随想家」(012頁)、映画監督らも登場する本です。映画や音楽のお話もふんだんに盛り込まれていて、頭の中で旅をするための案内本のような気がします。中でも、絵画と色彩のお話は、この本の約半分ほどを占めていて、メインになっています。全部で九つの章からなる本書は、一章おきに、「隔たりの青」という同じ題名の章が四つあります。この本の装幀の見返しと標題紙は、深く鮮やかな青色の紙です。「インターナショナル・クライン・ブルー」(174頁)です。そして、カバーは、ターナーの絵「ズグ湖」(1843年)のクローズアップ。インターネットでその絵を拡大・精査して、絵のどの部分の拡大図なのか探してみました。しばし「迷い」、はっきりとは分かりませんでした。おそらく太陽光の「黄色」と、ズグ湖と山の「青色」の境い目のあたりらしいと見当をつけました。この絵の探索作業も、読書以上に楽しい作業でした。楽しいと言えば、この本には、青にちなんだ「ブルーズ」や音楽の話もたくさん出てきます。「もともとのブルーズを言葉どおりの深みのある色と想像すれば、パッションと不服従の熱を帯びた藍や紺碧や瑠璃の色が、喪失や追憶を歌う白人の歌の鬱々とした憂いに流れ込み、薄まり、あの隔たりの青へと溶け込んでゆくようだ」(136頁)「隔たりの青」には、そんな「パッションと不服従の熱」や「喪失や追憶を歌う白人の歌の鬱々とした憂い」が溶け込んでいるのですね。ブルーズには、色々の青色が混在しているようです。ブルーズと複数形になっている理由でしょう。「ボブ・ディランが1969年に書き、ジョニー・キャッシュのカバーで有名な『ウォンテッド・マン』」(133頁)を聴きながら、この本の「隔たりの青」の第6章を読みました。「さすらいの音楽は地名の連なりのリズムと相性がよい」(133頁)ことが実感できました。「アルバカーキ、タラハシー、バトンルージュ、バッファローといった地名を並べてゆく」(133頁)歌が『ウォンテッド・マン』です。「それは砂漠がしばしば人を誘う、本質と内省へ逸れてゆく旅路だった。彼らはそこで迷子になっていた」(211頁)「その半島の突端に立ったわたしは、世界の終わりは時間であると同時に場所でもあるのだと気づかされた」(227頁)「世界の果ては、吹き荒ぶ風と裏腹に穏やかで、砂の断崖の下には波に洗われた暗色の岩に黒い鵜と赤いヒトデがみえ、そのすべての向こうに海が遠く、さらに遠くへと広がっていた」(227頁)「そのすべての向こうに海が遠く、さらに遠くへと広がっていた」この言葉で、この本は終わっています。すてきな余韻を残す文章です。遠く、さらに遠くへと海の「青」が隔たっていた、結末です。「青」が、通奏低音になっている、印象的な本でした。裏の見返しには、きっぱりと深い「青」の紙。カバーには、黄色に接する境い目の複雑なグラデーションの「青」が印刷されています。もともとの「ブルーズ」の言葉どおりの深みのある「青」たち。藍や紺碧や瑠璃の色が流れ込み、薄まり、溶け込んだ、あの「隔たりの青」たち。迷うことは出発である、と、この本は言っています。不惑の歳をはるかに過ぎた老読者にとっても、勇気づけられる本でした。いわんや40歳前の若き読者たちには。
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